堺総合法律事務所

 

事件ファイル


仕事はしても魂は自由だ。ーフジ住宅裁判と大阪市交通局ひげ裁判によせてー

弁護士 村田浩治

「住む人を思う気持ちは誰にも負けない」というコピーをご存じでしょうか。俳優の東出昌大さん(NHKの朝ドラ「ごちそうさん」という、大阪を舞台にした秀逸なドラマの準主演の方です)を起用して最近よく聞くようになった東証一部上場のフジ住宅株式会社のコマーシャルコピーです。しかしこの企業では働く人の気持ちは軽視されています。

 2年前に、この企業で働く日本で生まれ生活してきた韓国籍の女性が訴えを起こしたことは一昨年のニュースでもご紹介したとおりです。

 提訴から2年を超えたのは配布された資料が月間1000枚にも及んでいるということもありますが、職場で経営者が自らの政治信条を社員に押しつけるという事件がかつてなかったこともあり慎重な議論をしているためです。

 歴史教科書の採択にあたって、大阪市が2014年に行った行政区ごとの展示会におけるアンケートに、フジ住宅の社員が組織的に育鵬社の歴史教科書を支持する感想文を提出し、教科書採択に大きな影響を与えたことも明らかとなってきました。

 「従軍慰安婦などなかった。日本に誇りをもつためにこれまでの歴史教育は誤った自虐史観である」という会長の信条を社員に「教えたい」と配布した出版物や資料の中には、韓国政府の従軍慰安婦などの主張は「デマに基づくものである」というものが多数含まれ、これらの資料の影響で「韓国はほろびるべき民族」「嘘が蔓延した民族性がある」といった社員の感想文を会長が「参考にすべき意見だ」と選別して全社員に配布する行為は、差別を容認するだけでなく奨励するものです。原告は民族的差別を助長する効果があると主張していますが、会社も会長本人も「会長の地位を利用して社員に教育することに問題は無い」、「原告の主張は言論弾圧である」という主張をして憚りません。

 女性は、会長や、その支持者といえる同僚らの考えが間違っているから反対しているのではありません。どのような政治信条を持つとしても民族的な差別を助長し、民主的な議論を封じるような表現を職場で振りまくことを止めて欲しいと思っているだけです。職場の異様な環境を変えたいのです。ところが「会社の恩を仇で返す行為」「これから韓国籍の採用を見直すこととなる。却って差別を助長する」といった非難をする感想文が配布されています。

 この事件は企業の中で労働者の個人の政治信条の自由を損ない、他の労働者との自由な交流を妨げる環境を改善させるという意味があり、働くものの自由を守る訴訟でもあります。差別だけでなく職場に自由と民主主義を取り戻す闘いは、昨年紹介した「髭を生やす自由」を求める訴訟とも共通する課題です。みなさまがこの職場で自由と民主主義を求める二つの訴訟に関心をもっていただければありがたいです。おそらく今年証拠調べに入る二つの訴訟に支援をしていただきますようお願いします。


               

 


 
 
 
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