弁護士 村田浩治
1、髭を剃らないために最低評価2016年3月、大阪市交通局に勤める運転手の男性が髭を剃らないこと を理由に勤務成績を2年続けて最低ランクにされてきたことに対し、人権侵害であるとして大阪地裁に提訴した。テレビでも新聞でも取り上げられたので、ご覧になったかたも多いだろう。
2、提訴までの経緯
男性は大阪市交通局に勤務して30年になるベテラン運転手だ。これまで大きな事故を起こすこともなく、むしろ英語の研修に励み最近増えた外国人観光客からの問い合わせにも進んで応える努力もしておられ、むしろ評価されるべき方である。ただ、以前から男性は、髭を剃るよう言われ2008年には職場の殆どの人が合格する試験に2年続けて不合格とされた経験があった。髭を剃らないことが理由だと言われ、弁護士会の人権救済申立を行い調査が始まるや、上司から今後は髭のことは問題にしないと約束されるという経験があった。その翌年に昇級も合格したため弁護士会は勧告を出さなかった。ところが橋下氏が大阪市長になった直後に大阪市が職員基本条例を制定したことと軌を一にして、大阪市交通局で「身だしなみ基準」が改定され、髭は剃ること(整えられた髭も不可)と定められたことから、上司の態度が変わった。髭を剃らないから評価を下げると言われ、それまでは5段階評価の3番目であった評価が2013年と2014年と2年続けて最低ランクの5番にされた。最低ランクが2年続くと免職もありうる。分限免職となってはたまらないと提訴にいたった。提訴に先立つ2月、大阪弁護士会の人権委員会は男性を含む2名の評価は髭を剃らないことを理由とするものであり、人権侵害にあたるとの勧告を発表した。
3、訴訟のなりゆき
提訴後、幸い男性は分限免職されず、2015年度の評価は5段階の4番目となった。大阪市交通局は、髭を剃らないことを理由に下げたのではなく、その他の理由で最低ランクとなったと弁解している。つまり大阪市交通局も正面から髭を理由に評価を下げたとは言わないのだ。髭を理由に評価を下げることは許されないとの判例が確立しているからだ。髭を生やす自由は憲法13条(幸福追求権)で保障されることは裁判所が認めている。
4、髭を生やす自由はそんなに大切なのか?
髭を生やす自由に対して客が不快に思うから剃るのは当然ではないかという意見もあるようだ。しかし、事故を多発して不注意であるということならば客の安全の見地から評価が下げられることがあっても、常に手入れされている髭まで剃ることを正当化することは出来ない。髭に対する個人の嗜好はばらばらで(現にテレビ局が町行く人に聴いたら「髭くらい良いヤン」という声が多数あった)運転業務に支障がないのに髭を理由に制限することは難しい。問題は髭が好きか嫌いかではなく人の個性というのは簡単に制限出来ないという点で、交通局の基準には女性職員は化粧を原則とするものもあり、あまりにも個人の自由領域に会社が口出しすぎなのだ。
髭の自由というと、そんなものと思う方もいるかもしれないが髭くらいといっているうちに、個人の意 見も会社が制限することは可能だということになりかねない。閉塞感が漂う中、個人の自由を制約する風潮が高まっている。髭を生やす自由を求める裁判は、「人間の個性や思想の自由」につながる大事な権利のための裁判なのだ。