堺総合法律事務所

 

事件ファイル


パワハラ自殺事件 勝利和解の報告

弁護士 平山正和・井上耕史

■自殺の経緯 

  四国、中国地方を中心にスーパーマーケット、スポーツジムなどを経営する松山市に本社のあるF社のスポーツジムのインストラクターとして勤務していた27才の青年Oが上司のパワハラにより縊死により自殺した事件です。

 上司のすぐ下の部下として1年4ケ月勤務していた間に、上司は日頃からOに対し、職場で「あいつは使えん」「やめたらいいのに」「死ね」などと人格を否定する言葉を投げつけ、勤務外の時間や休日などに業務命令の電話をしつこくかけ、陰湿な声で叱責の伝言を留守電話に残し、深夜から明け方までO1人に業務をさせるなどの嫌がらせを続けました。そのために、Oは次第に元気をなくし、痩せるなどしてきましたが、精神病院にかかったり、両親などに相談もせずに我慢していました。自殺当夜、友人の結婚式に出席するためと同僚の女性と婚約したことを両親に報告するために休暇を取得していたOに対し、上司が30分にわたり電話をして、仕事ができていないのに3連休と思うななどと激しく叱責しました。積もったストレスのうえに、その叱責が引き金となって、その夜、上司に理不尽なパワハラを告発する内容の遺書を残して、会社の寮の手すりにひもをかけて自殺しました。その心中を察するに余りあります。 

■責任追及 

  たまたま、両親と面識のあったアメリカ人フリーランスジャーナリストが事件を知って、F社に責任を認めるように掛け合いましたが相手にされず、また、パワハラ行為を目撃していた同僚の青年が労災申請をするように両親に勧めたことがきっかけで、そのジャーナリストの紹介で私達が相談を受け、責任追及が開始されました。私達が責任を認めるようにF社と交渉をしましたがまったく誠意がなく、応じませんでした。

  労災申請をした結果、労災と認定されました。

 並行して、裁判を起こしましたが、F社は責任を認めようとせず、自殺とパワハラとの因果関係がないとして、精神科医師の意見書を提出するなどして激しく争いました。裁判では、上司、同僚の青年、同僚の婚約者、両親の証人調べが行われ、自殺から4年半経過してF社はやっと責任を認めて和解に応じて以下の内容で解決しました。両親の4年半の苦しみは大変でしたが、息子の墓前に報告できるとおっしゃってくれたことが救いです。

   第1に、F社と上司が自殺を「厳粛かつ真摯に受け止め、心より哀悼の意を表明する。上司は、業務上の言動に行き過ぎがあったことを認めて、これを謝罪する。F社は、社員の心身の安全管理体制に不備があったことを深く反省し、今後、社員教育等の一層の充実を図り、同種事案の再発防止に努める」ことを和解調書に明記したことに加えて、上司とF社の役員が和解の席で両親に対し直接頭を下げて謝罪しました。両親の強い願いを受け入れたものです。

 第2に、和解金は労災補償を含めてほぼ満額の内容でした。

■勝利の原因 

  第1に、現に勤務している職場の同僚3人が、不利益を受ける危険をものともせずに上司のパワハラの事実を陳述書にし、証言をしてくれ全面的に協力してくれたこと。このような事件では稀有のことです。第2に、遺書にパワハラの事実とそれによる怒りが生々しく記載されていたこと。第3に、上司のパワハラの電話録音及び電話とメールの履歴がデジタルデーターとして一部残っていたこと。第4に、精神科の医師がパワハラによる精神疾患と自殺に至る機序を説得的に解明する意見書を作成してくれたこと。第5に、ジャーナリストと両親のつながりで松山市内の住民の中に支援の輪が拡がり、裁判所に署名を提出し、毎回の裁判で傍聴席をいっぱいにしてくれたこと。このような条件がそろうことはめずらしいことです。

   和解解決後に、松山市内のホテルで勝利報告会が開かれて支援者と一緒に喜びあえました。弁護士冥利の事件でした。


 
 
 
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