堺総合法律事務所

 

事件ファイル


「専務取締役」の過労死で企業責任及び代表者個人責任を認める

弁護士 井 上 耕 史

 「専務取締役」の過労死で企業責任及び代表者個人責任を認める
弁護士 井上耕史

第1 事案の概要
 1 はじめに
   Tさんは,袋物かばん等の卸売業を営む株式会社(従業員9人以下。以下「会社」という。)の専務取締役であった。Tさんが出張して営業活動中死亡したのは,会社の安全配慮義務違反によるものとして,企業責任を追及したのが本件訴訟である。
 2 労働実態
   Tさんは,高校卒業と同時に会社の前身である個人商店に就職し,42年間,営業活動一筋に仕事をしてきた。Tさんの営業担当地域は北陸と四国であり,それぞれ毎月1回ずつ出張して小売業者からの注文を受け,出張から戻ると他の従業員と共に出荷作業をしていた。
   昭和42年に株式会社化して会社となり,昭和51年にTさんは専務取締役に就任したが,取締役就任の前後でTさんの業務内容に変化はなく,労働契約から取締役任用契約に切り替えられるということもなかった。Tさんは,他の従業員と共に事務所の掃除をしたり,朝礼では社長から売上げの減少を叱責されることもあった。
   また,会社では,株主総会や取締役会が開かれたことはなかった。
   会社の所定労働時間は午前9時から午後5時30分,日曜祝日と隔週土曜日が休日と定められていた。しかし,Tさんは,遅くとも午前8時30分には出勤して仕事を始めており,午後7時過ぎころに退社しており,土曜日は休みなし,日曜日も月に1回は出張にあてられていた。出張中は,午前8時ころに宿泊先を出発し,自動車で小売業者を訪問して注文を受け,午後8時から8時半ころに次の宿泊先に到着していた。
   さらに平成12年2月ころに,事務及び出荷作業手伝いをしていた女性従業員3名が一斉に退職したことにより,在社時の退勤時刻がさらに遅くなり,早くて午後8時,遅いときには午後9時をまわっていた。出荷作業の遅れがひどくなり,1か月前の出張で受注してきた商品を出荷できないまま,また出張しなければならない状況であった。
   なお,会社は,Tさんを含め従業員に定期健康診断を受診させていなかった。
 3 本件事件の発生
   平成12年8月,Tさんは6日間の予定で北陸方面に出張したが,出張6日目の朝である同月31日,富山市内のビジネスホテルで急性循環不全により死亡した(当時60歳)。

第2 訴訟の経緯
 1 労災事件
   当初,遺族本人が労災給付申請を行っていたが,平成13年6月15日,大阪中央労働基準監督署長は,Tさんは労災保険法上の労働者に該当しないとして,不支給処分を行った。大阪労働者災害補償保険審査官に対する審査請求も,平成13年12月17日付で労働者に該当しないとして棄却された。
   これに対し,遺族は不支給処分取消訴訟を提起し,大阪地裁第5民事部(小佐田潔,中垣内健治,下田敦史裁判官)は,Tさんは労働者に該当するとして,同処分を取り消した(大阪地判平成15年10月29日・労働判例866号58頁。なお,下田裁判官による労働者性の判断基準に関する研究論文が判例タイムズ1212号34頁に掲載されており,参考になる。)。
   同判決は控訴されることなく確定したが,業務起因性についての判断に立ち入っていない「破棄差戻し」的判決であったため,同労基署が業務起因性の調査判断をすることとなり,平成16年8月18日,ようやく業務上認定を受けることができた。
  2 損害賠償請求事件
    業務上認定を受けて,遺族は企業責任追及に踏み切ることにした。平成16年10月,会社に対する安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求とともに,代表者個人に対する旧商法266条ノ3に基づく損害賠償請求も提起した。
    既に労災事件で代表者及び従業員3名の証人尋問まで行われていたから,新たな証拠はほとんどなく,代表者個人とその妻(会社の経理担当で,Tさん死亡後取締役に就任)の尋問が行われた程度であった。
    ところが,一審(大阪地裁第15民事部,大島眞一,平井健一郎,中村仁子裁判官)は,会社はTさんに対し安全配慮義務を負わないとして,請求を全部棄却した(大阪地判平成18年4月17日)。要するに,Tさんに業務遂行上の裁量があったとか,従業員を管理していたとか,勤務時間が管理されていなかった,賃金が代表者と同額とされていた,などの事情を挙げて,当初の労基署と同様に労働者性を否定したものである。
    遺族が控訴し,原判決の判断の誤りを指摘した結果,大阪高裁第6民事部(渡邉安一,矢延正平,川口泰司裁判官)において,会社及び被告代表者に連帯して賠償を命じる逆転勝訴判決を得ることができた(大阪高判平成19年1月18日・労働判例940号58頁)。

第3 本判決について
 1 会社の企業責任
   本判決は,その実態に即してみれば,取締役の名称は名目的に付されたものにすぎず,会社との法律関係は,その指揮命令に基づき営業社員としての労務を提供すべき雇用契約の域を出ないとして,Tさんに対する会社の安全配慮義務を肯定した。
   会社及び一審判決が言及した事情に関しては,Tさんが会社の利益参加の機会を有していないこと,株主総会,取締役会の開催がなかったこと,定款に専務取締役としての職務分掌などの類もなかったこと等を指摘し,Tさんは営業,労務を含む幅広い代表者の補助的な役割が要請されたと推測され,代表者の指揮命令下で労務を提供する立場にあったことと矛盾しないとしている。
 2 代表者個人の責任
   旧商法266条ノ3の責任につき,同判決は,「本来,商法は商又は商事として定める法律事実をもって規律の対象とするものであるが,そこにおける労使関係は企業経営に不可欠な領域を占めるものであり,ここにいう取締役の会社に対する善管注意義務は,…会社の使用者としての立場から遵守されるべき被用者の安全配慮義務の履行に関する任務懈怠をも包含する」とした。その上で,「被控訴人会社の規模・陣容,Tの職務内容に照らせば,これら安全配慮義務は,唯一,被控訴人会社の代表取締役…の業務執行を通じて実現されるべきものと認められる。」などとして,代表者個人も会社と同一の責任を負うものと判断した。
  3 変更判決
    本判決は,その後1月23日に同じ裁判所により変更判決(民訴法256条)が出された。本判決については労災保険給付との損益相殺の際に慰謝料をも対象とするなどの違法があったため,自らそれを正したもので,これにより,遺族側認容額合計は倍以上に増額した。

第4 本判決の意義
   取締役の過労死について企業責任を認めた判決は,おそらく全国初ではないかと思われる。また,代表者個人についての責任も認めた点では,高裁レベルでは初判断である。
   今日,管理職だから,などの口実で残業代を払わないなどの労基法違反が横行し,これを合法化するためのホワイトカラーエグゼンプション導入が狙われている。いわば「現実の後追い」である。本判決は,事例判断ではあるが,使用者に都合の良い名前をつけて労働法上の義務を免れようとする動きを許さない,ということを高等裁判所として明確に断じた意義は小さくないと考える。また,代表者個人の責任追及により,違法行為の抑止力となることが期待できる。
   なお,会社及び代表者により最高裁への上告及び上告受理申立てがなされたが,上告棄却及び上告不受理となり,本判決は確定した。


 
 
 
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