弁護士 岡崎 守延
一 法務局の手続に誤りがあったとして、裁判所が、法務局即ち国に対して、損害賠償を命じた事件をお知らせします。
これは、国を被告として訴えた国家賠償請求事件ですが、裁判所で、国家賠償が認められることは、極めて珍しいことです。
二 事案の概略は、以下のようなことでした。
原告となったA社は不動産業などを営んでおり、裁判所の競売不動産を落札した上で、これを売却することを予定して、裁判所の競売手続の入札に参加しました。A社が申込んだ金額は一番高く、A社は裁判所から売却許可決定を受けました。そこでA社は、決定した落札価格を裁判所に納めようとしたのですが、その段階になって裁判所は突然、一旦出した売却許可決定を取り消してしまいました。裁判所の理由は、「既に約1カ月前に、競売の元となった抵当権登記が法務局で抹消されていたから」というものでした。
A社は、裁判所の競売手続に誤りがあるなどとはよもや思わず、裁判所の指示に従って入札に参加し売却許可決定まで受けたのに、これがこの様な理由で一方的に取消されることに、全く納得できませんでした。
事実関係を更に調べてみると、法務局の登記官が、1カ月前に抵当権登記を抹消しながらそのことを競売手続の担当裁判所に連絡せず、それで裁判所はそのことに気付かずに、手続を進めたことが分かりました。
A社は、裁判所の「取消決定」のみで、全てが何も無かったかのように有耶無耶にされることに納得できず、法務局、競売裁判所の責任を求めて、裁判を提起することとしたのです。
三 この裁判でA社は、競売裁判所の手続を信頼して、入札に参加する為に要した人件費や実費などを、損害として請求しました。
裁判の中で、法務局側は、抵当権登記の抹消を裁判所に通知することを失念していたことは認めながら、「法務局には何の責任もない」との立場を取り続けました。
国が、このような国家賠償訴訟で、中々責任を認めようとしないことは、よく見かけることですが、この件でも全く同様の態度を取り続けました。
四 第一審の大阪地方裁判所堺支部は、二〇〇三年一〇月に、A社の請求を認める判決を言い渡しました。A社の立場からすれば当然の結論とは言えるのですが、裁判所が国に対して賠償命令を発することは簡単なことではなく、その意味で画期的といえる判決でした。
五 国(法務局)は、これに対して更に控訴して争いました。しかし、国の主張には正当性がありませんから、大阪高等裁判所でも、二〇〇五年一月に、国の控訴を棄却する判決がなされました。
国は、上告を断念し、これによってA社の勝訴が確定しました。
六 司法書士さんの話では、このように法務局が、抵当権登記を抹消しながら裁判所への通知を失念する危険性は前から指摘されていたとのことで、この判決は、今後の法務局の登記実務にも一定の影響を及ぼすことになると思います。
たとえ国が相手でも、間違いは間違いとして正していくことが、大きな目で見て、市民の権利の拡充につながっていくものと思います。