ついに松下PDPが使用者であることが認められる!
弁護士 村 田 浩 治
緊張が高まり、心臓の鼓動がどきどきするのが分かった。この感覚は、何年ぶりだろう。裁判官が「今日は深々と丁寧にお辞儀したな」という仕草まで気になる。若林裁判長の朗読は、淡々としていた。「主文、判決を次のとおり変更する。別紙3記載の内容での労働契約関係があることを確認する」。思わず机の下で小さくガッツポーズをして、隣の吉岡くんと握手を交わした。
4月25日大阪高等裁判所第8民事部(若林諒裁判長)は、松下PDP対吉岡力の控訴審判決を下した。判決は、①松下PDPと吉岡氏の間に雇用契約関係があることを認め、②雇い止め解雇された2006年2月1日以後の賃金である1ヶ月24万773円の支払いを命じた。さらにそのうえで、リペア作業が吉岡氏の労働局への申告ならび労働組合に加入したことに対する報復的配転にあたると認定し、③配転後の職場での作業に従事する義務はないことの確認と④報復行為によって受けた精神的苦痛に対する慰謝料の支払いを命じた。さらに⑤雇い止め行為が不法行為にあたり、吉岡さんに精神的苦痛を与えたことに対する慰謝料の支払いを命じた。完全勝利の内容だった。
一審判決は、「原告に対する指揮命令は松下PDPが行っており」「偽装請負の疑いがきわめて強い」と認定しながら、「雇用契約の本質は、労働を提供し、その対価として賃金を得る関係にあ」り、松下PDPが労働提供の場において原告と被告の間において指揮命令関係があるといっても、その間に賃金支払い関係がない場合は、両者の間に雇用関係があるとはいえない」と否定した。結局、偽装請負=派遣労働=雇用主は派遣元という労働行政と同じで、偽装請負は派遣法上の手続き規定違反であり、雇用主として責任を負うのは賃金を支払っている請負会社(=派遣元)でしかないという論理であった。
原告本人も代理人も、一審大阪地裁があまりにもあっさりと黙示の労働契約を否定したことに対し、大きな失望と憤りを覚えた。一審段階では、原告が一度は松下PDPに直接雇用されたこともあり、黙示の労働契約が成立しなくても、交渉後の有期雇用契約の更新拒否が無効という判断は勝ち取れるとの見方が甘いことを思い知らされた。
「やはり、そもそも松下PDPが原告を指揮命令して労務提供を受けていた事実を正面から主張し、黙示の労働契約が成立することとを中心に据えよう、そうしなければ雇用責任を正面から問うことは到底出来ない。」という思いを強くして控訴審に臨んだ。 一審大阪地裁の判決を乗り越えるために、「あい粂旅館」で合宿をして労働法研究者との合同検討会も持っていただいた。多くの研究者が、一審判決を批判的にとらえた。鑑定意見書作成の依頼に、川口美貴関西大学法科大学院教授が応じて下さった。
控訴理由書では、一審判決は、実質的に派遣で偽装請負の疑いが強いといったが、そもそも労働者派遣契約を締結もしておらず、派遣労働契約も締結していていない請負会社と原告の関係を適法な労働者派遣と同様に考えることの不当性を強調した。労働者派遣とは労働者供給の例外として労働者派遣法の定めに従ってはじめて適法になる就労形態であり、本件ではそのような適法な労働者派遣ではないのだから、労働者派遣法による事業者と同じ扱いをするべきではなく労働者供給契約として無効とすべきであること、したがって原告が松下PDPで指揮命令を受けた働いていた根拠として請負会社との雇用契約を根拠にすることは出来ず、松下PDPと原告の労働契約を認めざるを得ないことを詳細に述べた。
地裁判決は、原告と請負会社、松下PDPの関係を労働者派遣法2条1号に規定する「自己の雇用する労働者を他社の指揮命令の下に労務に従事させるという契約」すなわち労働者派遣との解釈をしたことになるが、労働者派遣法の制定の経過や、職業安定法と両立しており、両方とも雇用の安定をはかるという制度の下で規定されていることに照らせば、労働者供給のうち労働者派遣所定の規定に基づくものだけが、適法な労働者派遣として許容されるのであって、本件のような偽装請負の場合、請負会社と原告の契約は、「違法な労働者供給のための契約」であって「雇用契約」ではなく無効であること、したがって原告と松下PDPの指揮命令関係と請負代金が実質的に対価として松下から請負会社を通じて支払われているのだから、労働契約関係が成立していると解釈できることを強調した。川口鑑定意見書では、黙示の労働契約論の形式論理的な根拠を提供すると同時に「信義則上の直接雇用義務」が存在し、義務違反による債務不履行責任があることも付言された。
2007年12月18日の第3回の口頭弁論において裁判長から、「請負会社と原告の関係が雇用契約だという点は争いがなかったのではないか。雇用契約ではないとするのはどのように考えたらいいのか」「民法90条で無効ということか」等の釈明が求められた。弁護団としてあらためて請負会社と原告の契約は雇用契約ではなく供給同意契約ともいえる契約であり、雇用契約ではなく無効であることとの主張整理を行い2月13日の第4回口頭弁論に提出した。
裁判所はここにいたって和解勧告を行い2月20日和解期日が開かれた。裁判所は「念のために」双方に和解の可能性を打診したが、職場復帰が求められない本件での和解はないことを述べた。ここまでは正直裁判所の心証は全く不明であったが、黙示の労働契約論に関心を示し釈明を求めてきた裁判所の態度は、一審のような何も考えない判決では済まないだろうという期待を持たせるものであった。
こうして一審判決から丸1年たった高裁判決は、完全勝利であった。高裁判決は、私たちの主張をほぼ認め、一審大阪地裁が歯牙にもかけなかった「黙示の労働契約」の成立を正面から認めた。松下と請負会社の契約は、労働者供給契約であり、職業安定法44条、労働基準法6条に反する無効な契約であり、黙示の合意が成立したかどうかは、「当該労務供給契約の具体的実態により両者間に事実上の使用従属関係、労務提供関係、賃金支払い関係があるかどうか」を「両者間に客観的に推認される黙示の意思の合致があるかどうかによって判断するのが相当」と述べた。
松下はすぐに上告した、最高裁でこの判断を維持するために全力を尽くす必要がある。
(弁護団は、私のほか、豊川義明、中筋利郎、大西克弘、奥田愼吾、中平史各弁護士)